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Y. TAKEDA
米国Middlebury Collegeに留学中。口笛とか、サックスとかギターとか、ジャズとかが好き。語学も好き。リズムを感じると生きてるなあって思う。
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......Yo chiflo, pero no creo que soy chiflado. Adoro el chiflido.
<< 8/26(日)口笛ワークショップ@東京大学駒場キャンパス | main | カメルーンライフ。 >>

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    昨日の東大でのワークショップは参加者10人とちょうどいい規模でした。
    今まで初心者に教える機会はあったのですが、大会優勝者やプロの混じった経験者の集団に教えるというのは初めての経験だったもので、どこまで何を教えていいやらさっぱりわからず当日を迎え、必死になって行きの電車の中で案を練って…という形だったので、重要度の比較的高い「曲選び・音源選び・伴奏楽器選び」についてはほとんど話が出来ずに終わってしまいましたが、その代り音の出し方から種々の技術までの仕組み、音韻論とつなげる考え方、音楽としての口笛のあり方、音域・音量・音質のトレーニングの心得・方向性、そして各種テクニックと、かなり幅広く(広すぎたかもしれません)取り扱うことが出来ました。
    参加者から出る質問も非常にレベルが高く、こちらも目が泳いでしまうような場面がありましたが、それは自分の足しになりました。一通りだと思っていたことに二通りの答えがあったり、普遍的だと信じていた法則が違ったり、全くの新発見があったり。もちろん、教えて話をしていく中で自分の中でふと気づくこともあって、それらが教える側にとってもプラスになるので、自分にとっても非常に有意義なワークショップだったと思います。ただ、どうしても講義形式になってしまったので、これをもっとワークショップらしく参加型にしていくための方法を考えなければいけません。そのためには、定期開催にして一つ一つのテーマをもっと深く時間をかけて扱うしかないかな、とは思います。

    今回参加していただいた方々、皆様の周辺で今回の内容が生かされていくことに期待しています。そしてフィードバックがあればぜひいただきたいと思います。こちらもまだまだ未熟ですので、皆様からの素朴な疑問やコメントが大きな気づきになることがあります。
    残念ながらビデオカメラを持っていきながらもビデオを録りそこなってしまったので、参加者の知り合いがいる方はノート見せてもらうなどしていただきたいと思います。あるいは要望があればもう一度開催します。連絡ください。



    以下は全く個人的なブログになります。多少不快感を伴うような部分があるかもしれません。
    8月はほとんど家に居なかった。
    箱根で迎えた月初め、東京に戻るとすぐワークショップを開催し、コンサートのリハと本番、打ち上げの狂気、3日連続お泊り会、アカデミックなお仕事、セレナータ、ケルト音楽のコンサートからのオール飲みからのシンガポール一週間、帰国当日に高校の部活仲間とごはんからの翌日からベネズエラ音楽合宿、そのまま高校の同級生たちと伊豆大島にわたり朝5時から温泉・シュノーケリング・バーベキュー・海水浴・蟹とり・温泉・花火・飲み会と23時間にわたり大ハッスル、翌日朝9時から山登りをしてフェリーに揺られながら帰宅、その次の日は口笛ワークショップで家の片づけをしつつさらに次の日アメリカから来た友達を迎えに成田に行くというこれでもだいぶ省略したいまだかつてない忙しさの一か月。

    こういう生活をしていて、ふと「日常」だとか「普通の生活」と呼べるものが自分の中に存在しなくなっていることに気付いて、落ち込む。自分に落ち着いた日々はやってくるのだろうか。どこかで燃え尽きてしまったら終わりである。

    小学校の頃自分につけたHNに「普通人」というのがある。
    心理学者である母親には「普通になりたいっていう深層心理だよそれ」と中学校の頃笑われたが、それがやっと現実になった感じ。全く先が見えない中、とにかくいろんなことをやって自分を消耗させ、楽しむ。このライフスタイルはいつまで通用するのだろうか。あちこち飛び回っている上に性格が災いするので真っ当な恋愛をするのも大変で、本当に結婚できるんだろうか、とか考えてしまう。そのうち何かが破綻する。出来ないことが出てくる。その時に自分はそれをどう受け止めるのだろうか。たとえば、口笛を失ったら、その穴をどうやってうめるのだろうか。

    ちょっと暗い話をすると、自分は他者に認められてもらえないと生きている意味を失ってしまうという脅迫観念のような恐怖を常に抱いているということを最近ようやく自分で理解し始めた。自分のやりたいことを信念を貫いてやっている、人に何を言われようがどんな目で見られようが構わない、自分は自分だ、というような人を見ると羨望、いや嫉妬のような気持ちを抱くのはきっとそのせいだ。人と変わったことをしていても、最終的にそれが「すごいね!」という他者からのコメントに結びつかないことはなかなかやる気にならないし、やっていたとしても表には出さない。人の目を常に気にしている。そのくせ、いろんな自分のやったこと、知っていること、いいことも悪いことも全部オープンに話してしまうのは、その話を誰かにして、評価を知りたいから。さらに欲張るならば、それを承認してほしい、自分のやっていることが価値がある、(ダークな意味も含めて)面白い、素晴らしい、と認めてもらいたい。口が軽いのは「俺こんな情報も持ってるんだぜすごいだろ」という自慢話が好きなだけ。ただの小さな子どもと同じだ。

    でも、その根本にあるのはさみしがり屋な部分。とにかく人間が好き。いろんなひとといろんな話をして、たくさんの人といい友達になりたい。人間がそばにいないと、人間が話をしてくれないと、悲しくつらくなってしまう。一人でいられない。いつも周りにたくさん好きな人や頼れる人、頼ってくれる人がいるといいな、と思っている。

    この二つをいかにうまく活用していくか、エネルギーの源としていくかで多分これから先の人生の方向性が決まっていくだろう。人に認めてもらうために素晴らしいこと、いいことをしようというエネルギー。どーしようもない自慢をしなくても済むぐらいいいことたくさんしよう。偽善でもいい。自己満足でもいい。受け取る側がいて、受け取る側にとってプラスになる要素があればそれでいい。そして、人とつながろう、友達になろうとするエネルギー。人をエンターテインする能力を身につけよう。
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